無性愛者が思うこと

無性愛

無性愛者が「恋愛要素必須」感にゲンナリするとき

無性愛者とは、他者に恋愛感情や性的欲求を抱かない人のことです。

詳しい説明はこちら

無性愛者とは?
無性愛者(アセクシュアル)とは?恋愛感情がない人もいる

続きを見る

無性愛者とアセクシュアルとアロマンティックの違い
無性愛者とアセクシュアルとアロマンティックはどう違う?

続きを見る

無性愛者(アロマンティック・アセクシュアル)である私が、日々の生活で感じるちょっとしたことを紹介します。

もし同じ無性愛者の方がいらっしゃれば、無性愛あるあるだと共感してもらえたらうれしいです。

そこまでして恋愛要素は必要なのか

10年以上前ですが、ある小説が映画化されるにあたって、原作には全く無かった恋愛要素をぶち込んできたことがあります。

小説ではこれっぽっちもそれを匂わせるような雰囲気はなかったので、驚いたというか呆気に取られてしまいました。

なんだ今の…って

例えばこの改変が2時間の映像作品にするために的確だったならまだ分かりますが、それどころかまさに取って付けたようなお粗末さだったので、期待していた身としては本当にがっかりしました。

そして、大衆向けにするにはそこまでして恋愛要素が必要なのかとゲンナリしました。

捏造の域じゃないか?

これには友人も同じことを言っていたので、無性愛者ならではの感覚というわけではなく、出来栄えとして駄目だったのだと思います。大衆に向けたのに。

レビューも散々だし

他にも、原作には存在しない謎の恋愛要素を付け足されるパターンは結構あります。

個人的には、なぜ揃いも揃って、受けるためには恋愛が必須だと考えるのかが全く分かりません。

元々それを想像できるような含みがあるなら分からないでもないですが、大抵は本筋から意識が散るほど蛇足だったり、無粋に終わることがほとんどです。

良かった例を見た事ない

ですが、最近では昔よりもその傾向は少なくなっている気はします。

ネットに上がる感想を見ても、不要なロマンス展開にうんざりしている人はそこそこ多い印象があります。原作が損なわれている分、その怒りも倍増です。

とても分かる

フィルム

それでも未だに、主要人物には恋愛要素がなければ受けないとばかりに改変されてしまう作品はちらほら見かけます。

その度に、世の中における「恋愛」というものの絶対的な位置付けをしみじみと感じさせられます。

そこまでして恋愛は当たり前で、かつ万人が心を動かされるテーマなのだなぁと、共感はできないながらも無性愛者なりに理解し、感心しています。

すごいものなんだろう

生きているとそのように思うことは日常茶飯事なのですが、それにしても本来のストーリーを変えてまでねじ込む執拗さには、食傷気味になってしまうのが正直なところです。

そこまでするかね、と

-無性愛
-